2012年5月23日 (水)

金環日食

金環日食2012年5月21日
 先日、2012年5月21日の金環日食。愛知県豊田市の自宅ベランダにて。
 日食が始まるころは雲に覆われて太陽が見えなかったけど、日食が進んで環状になる時刻が近づいたら太陽が雲から姿を現した。
 適度な曇り具合で、日食メガネを使わずに肉眼で見るとちょうどいい眩しさになることが多かった。やはり日食メガネ越しだと別物になっちゃうから、肉眼で見れるのが何よりだ。

 名古屋市では932年ぶりとのことだから、おそらく豊田でも同じだろう。次回は2041年10月25日だそう。

 ちなみにこれまでずっと「金環食」って呼んでたけど、今度の金環食では「金環日食」という言い方ばかりだったな。

 ところで来月6月6日は金星が太陽面を通過するのを観察できるそうだ。こちらも是非見たい。けど、その頃って梅雨になってそうな…。もっとも梅雨でもずっと降り続けるわけじゃないから、諦めるのはまだ早いね。実際前回の部分日食も今回の金環食も、曇り空だからこそ肉眼で見れたわけで。

※曇り空でも必ず日食メガネを使いましょう。

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2012年5月 7日 (月)

福島、宮城、岩手へ行こう!

 東日本大震災の被災地を訪れることが支援に繋がる。「見物という言葉が後ろめたいなら個人視察として来て欲しい」とは気仙沼で被災したお寿司屋さんのお母さんの言。
 後ろめたいと思う気持ちはよく分かるが、行けるのならとりあえず被災地に行ってみよう。ついでに観光もすればいい。美味しいものもたくさんある。

 ということで、先ほどの悲惨な写真とは違う一面もあるということを記しておきたい。


【東北新幹線がカッコイイ】
細長い東北新幹線
 愛知ー大阪ー東京に暮らしたぼくにとっては初めての東北新幹線。新幹線と言えばJR東海の東海道山陽新幹線のイメージで固まっていたが、さすが東北新幹線は別会社(JR東日本)なので、外観も内装もデザインが新鮮!連結していた車両が途中から別の行き先に別れるというのも東海道には無いことだ。乗った新幹線は先っぽがやたら細長く背丈はやたら低くてビックリ!人の身長より低いぞ!
 しかも驚いたのはその速さ!東京ー仙台間がわずか1時間半!名古屋からでも3時間ちょいしかかからなかった。


【津波で流された大地に花が咲いている】
南相馬のたんぽぽ
 写真は南相馬の被災地に咲き乱れていた鮮やかな黄色いたんぽぽ。その他真っ赤なチューリップや水仙なども。生命力に感動。


【仙台市青葉山】
仙台市青葉山
 仙台の青葉山城址も地震で石垣や塀が崩れ、立ち入り禁止だった。だが、新緑の緑が萌え始め、その中に淡いピンクの桜が咲いていた。
 仙台は歴史のある街なので、街に深みや重みがある。


【海と山の町、気仙沼】
気仙沼へようこそ
 気仙沼は山が海の間近に迫っていて美しい。港は津波と火災で甚大な被害を受けたが、海から少し歩くだけでガラリと静かで平和な町並みになる。


【世界遺産、平泉の中尊寺】
新緑の中尊寺
 世界遺産に選ばれた平泉の中尊寺は新幹線駅やインターチェンジのある一関から近い。つまりここを拠点に気仙沼にも行ける。金色堂などの名所は観光客でごった返していた。
 雨に濡れた新緑が美しい。

中尊寺茅の輪
 中尊寺にあった「茅の輪」。


【平泉のモノクロ看板】
平泉のモノクロ看板 景観保護7ELEVEN コメリ ケーズデンキ
 岩手県の平泉で見かけた看板。景観保護のためだろう、濃い焦茶色と白色のみのモノトーンで統一されているようだ。白黒写真とカラー写真を合成したような錯覚に陥る。それにしてもモノトーンの7ELEVEN、悪の7ELEVENとか偽7ELEVENとかみたいで、カッコイイ。


【延々と広がる農村風景】

Photo_4

 目的地から次の目的地へ移動するとき、延々と農村風景の中を走った。警報が出るほどの暴風雨だったにも関わらず、雨に濡れた新緑に囲まれた田園風景は美しかった。岩手や宮城の農村の建築はぼくにはとても珍しかった。茅葺きだった屋根をトタンか何かにふき替えた感じか?
 個人的には、権威付けられ見せ物にされた剥製のような世界遺産なんかよりも、こういう現役で今を生きている何でも無い町の方がずっと面白いし心に染みる。旅はいつもそうだ。

社殿のある農村風景

緑と耕耘機


【お城みたいな家が多い】
東北 農村 お城みたいな家が多い
 宮城や岩手を走っていて印象的だったのは、お城みたいなデザインの家が多いこと!それとお蔵もたくさん見た。米どころで昔は豊かだったんだろうか。


【洋風でもお城みたい】
東北 農村 お城みたいな家が多い
 洋風の家もやはりお城っぽい!こちらの地方の人の間では、家と言えば当然お城みたいなのに決まってる、て感じなのかな。


【東北新幹線は2階建てもある】
2階建て東北新幹線
 東北新幹線は2階建てもある。しかも帰りに乗ったこれ、車両全てが2階建てだ!あれ?東海道新幹線にも2階建てってあったような気もするけど、最近見ないような?…
 帰りも仙台からたった3時間。寝てる間にすぐ名古屋に着いた。むしろ名古屋駅から豊田の家までの2時間の方がイタかった。伏見駅で30分待ちとかさ。


 おみやげってろくな物が無いから普段は買わないんだけど、東北地方のおみやげは好きだから買った。萩の月と笹かまぼこ。ままどおるも美味しいよね。

 美しい季節。福島、宮城、岩手へ行きましょう!

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2012年5月 6日 (日)

岩手県陸前高田市、宮城県気仙沼市、仙台市荒浜、石巻市、福島県南相馬市、2012年5月

 かねてから行きたいと思っていた東日本大震災の被災地に、2012年5月1日〜4日にかけて行ってきた。東京に住んでいる時に行けばまだ近かったのだが愛知の田舎に引っ越してからだったのでかなり遠くなってしまっていたが、今行かなければ後悔すると思い立ったのだ。
 忙しさお金の無さを言い訳にしてボランティアなどでは一度も行ったことが無いくせに「見に」は行くのか?という後ろめたさもあったのだが、どうしてもこの目で見ておく必要があると感じた。それで、仙台の友人や被災地の方の「物見遊山でもいいから来て欲しい」という言葉に背中を押され、また、某新聞社の東北総局でデスクをする友人に案内してもらえるのも有り難いので、これを機に行く事にしたのだった。
 訪れたのは主に岩手県陸前高田市、宮城県気仙沼市、仙台市荒浜地区、石巻市、福島県南相馬市などである。


【宮城県仙台市荒浜地区】
仙台荒浜チューリップ
 2012年5月1日、宮城県仙台市荒浜地区。市街地は華やかに賑わう仙台だが海水浴場に近いこの荒浜地区は津波により壊滅状態だった。既に瓦礫が撤去されているので空き地のようにも見えるが、元は住宅地。防風林は倒れたり枯れたりしている。冠水しているのは道路が地盤沈下して水が溜まってしまったもの。アスファルトが剥がれて別の場所に流れている。
 今回何カ所か巡って印象的だったのは、津波に流され破滅的な中でも鮮やかに咲く、チューリップやタンポポ、水仙などの花だ。「花は咲く」(共に宮城出身の岩井俊二さん作詞、菅野よう子さん作曲によるNHKの被災地復興支援ソング)の意味が分かるような気がした。ここでも真っ赤なチューリップが咲いていた。

仙台市荒浜、耕す人
 仙台市荒浜地区。広々として見えるが、コンクリートの土台が残っている事から分かるように、元は住宅地。墓地の墓石も流され、とりあえず集めて置かれていた。被災地を見に来た人以外ほとんど人のいない絶望的な荒野に、1人黙々と畑を耕す女性がいた。


【福島県南相馬市】
福島県南相馬、鯉のぼり
 翌朝2012年5月2日、レンタカーを借りて仙台から85kmほど南下、福島県南相馬市へ。原発事故の影響もある町だから行ってみたかった。
 水田や住宅地だったと思われる場所は一面の荒野になっていた。写真左の山は瓦礫が積み上げられたもの。誰がどういう意図で揚げたのか、鯉のぼりが泳いでいるのが遠くからでも見えるのが唯一の救いだ。

福島県南相馬、チューリップ
 ここでも、津波で倒壊した家屋の庭に赤いチューリップや水仙が、また津波に沈んだ大地にはタンポポが咲いていた。

福島県南相馬 田んぼに転がる自動車
 南相馬市。ひしゃげた自動車がここそこにひっくり返り、電柱は折れ、傾き、あるいは倒れ、家々は津波で壊されたまま残されている。誰もいないゴーストタウン。トイレや飲食に困り、ここには人がいないということを痛感した。

福島県南相馬市 津波被害
 福島県南相馬市の津波被害。元がどうだったのかもはや分からない。

福島県南相馬市 津波被害家屋屋内
 福島県南相馬市。窓が無く屋内が丸見えだったので外から撮らせて頂いた。生活感ある部屋が津波に汚されているのが生々しい。

福島県南相馬 田んぼに転がる自動車
 南相馬市。地平線に見える枯れた防風林の木の向こうは海。この日から天候は荒れ始め、遠くからでも時折白い波頭が打ち上がるのが見えた。
 この後5時間ほどかけて200数十kmを北上、福島から宮城を縦断して一旦岩手県に入り一関市を経由して宮城県気仙沼市へ。


【宮城県気仙沼市】
宮城県気仙沼市 第十八共徳丸
 2012年5月3日、気仙沼。海から遠い陸に打ち上げられた第十八共徳丸。東北地方ではまだ桜が咲いていた。

宮城県気仙沼市 第十八共徳丸
 第十八共徳丸が打ち上げられたのは空き地ではない。建物があった場所だ。瓦礫は撤去されているが土台は残っている。雨が強くなってくる。

宮城県気仙沼市 第十八共徳丸
 東日本放送というテレビ局の大きなテレビカメラを担いだ方に取材された。自身も家を失った被災者で、逆にオフレコでいろいろなお話を聞かせて頂き、有り難かった。
 見物や写真を撮る際、被害者や遺族の気持ちを踏みにじらぬよう求める立て看板があった。気を配らねば。


【岩手県陸前高田市】
岩手県陸前高田市、団地
 宮城県気仙沼市のお隣、岩手県陸前高田市へ。最も悲惨な被害を受けた町の一つだろう。巨大津波で町がまるまる無くなってしまっている。団地の4階まで津波に破壊されているのが分かる。

岩手県陸前高田市 鉄筋コンクリート造
 わずかに残された鉄筋コンクリートの建物も激しく壊れている。暴風雨が激しくなり写真が鮮明ではなくなってしまった。
 朝コーヒーを飲み暴風雨に濡れて冷えたのでトイレに行きたい、ということでiPhoneのMapでコンビニを探すとたくさん見つかるが、行ってみるとそこは建物すら無く、瓦礫置き場となった荒れ地が広がっているだけ。また、何も無いと思っていた場所で車のナビが「踏切です、注意して下さい。」と言うので地面をよくよく見てみると、確かに下には部分的にレールが残り、かつて線路だった痕跡がある。こういうのが生々しくてドキッとした。ちなみにこの路線は廃止が決まっているそうで問題になっている。

岩手県陸前高田市消防署
 消防署。この大災害に臨み、ここで人々が奮闘していたことは確実だろう。

岩手県陸前高田市 廃墟
 見渡す限り空き地のように見えるが、住宅地だった。膨大な量の瓦礫の山が見える。かなり内陸のほうまで津波に破壊されている。こんな広いところなのに、被害を見に来た人たちを除いて人がいない。
 だが誰1人いなくなってしまったわけでもない。瓦礫が撤去され開けた荒れ地に仮設店舗を建てて商売をする人たちもいた。なぜまたその場所で!?とも思うが、そうせねばならない意地があるのだろう。


【宮城県石巻市】
宮城県石巻市 地盤沈下
 翌朝2012年5月4日早朝、岩手県北上市から南下、150kmほど走り、宮城県第2の都市、石巻市へ。海辺はよそもそうなのだが、地盤沈下で海ではなかった場所まで海に沈んでしまっている。そこへ復旧作業用に砂利の盛土であぜ道のように道路が作られている。ガードレールが足下よりも下にある。

宮城県石巻市 住宅街
 海から遠い崖に当たる地域まで津波に破壊されて浸水していて驚いた。アーケードのある商店街まで壊れていた。

宮城県石巻市 大和煮
 缶詰を模した巨大なタンクが冠水した道路に転がっていた。その向こうは積み上げられた瓦礫の山。

 これはほんの一部だ。自動車で何100kmも走っても行く先々でこんな光景が広がっていて、被害が本当に広い範囲に広がっていることを実感した。


 被災された方など現地の何人かにお話を伺うことができたが、共通するのは、今必要なのは炊き出しや失業給付金などの支援ではなく、被災者が自力で復興できるように方向付ける支援だそうだ。例えば、被災者はすでにお金をもらっているのだから、再開した商店の横で炊き出しをするのは商売の邪魔となり経済の復活を妨げる。被災者に働かせずに失業給付金をあげるよりも、雇用を増やす企業に助成金をあげたほうが就業意欲が高まり経済が活発化する。あるいは外部から観光に来て現地でお金を使ってもらうことでお金が回り始める。観光や見物が後ろめたいなら「個人視察」という言葉を使ってください、と言うお寿司屋さんのお母さんの言葉は気が利いている。
 様々な被災の仕方があり状況は人それぞれ異なるのでまた違う意見もあろうが、それらの言葉がある程度共通認識であることは確かだろう。


 これらの写真では被害の悲惨さは伝わらない。例えば足下がガタガタで歩きにくい。地盤沈下で海に沈んだ地域は海に落ちそうで怖かった。建物一つひとつは見上げるほど大きく、それが崩れていることの衝撃は写真では分からない。気仙沼で打ち上げられた巨大な漁船からは油の匂いがした。どこに行ってもうずたかく積まれた瓦礫の山、というよりもはや台地のようになったその山の大きさ。1年以上も燃やしたり埋め立てたりしても尚そこここに残る、気が遠くなるような膨大な量の瓦礫は、明らかに被災地だけでは処分できるはずがない。第一、ぼくが訪れたときは既に震災から1年以上も過ぎていて瓦礫の撤去が進み、壊れた町並みは残り少なくなっていて、当時の異常さはもう無い。
 さらに言うなら、ぼくはこれらの地域の震災前の姿を知らない。美しい姿を知っている人にとってはなおさら悲痛だろう。

 17年前、当時住んでいた大阪から阪神大震災の被災地を見に行った時の衝撃は忘れない。あの経験で物の見方が大きく変わった。

 もし行ける機会があるなら、皆さん行かれることをお勧めする。実際に見てみなければ分からないことがある。そして現地で食べたり買い物をしたりしてお金を使って欲しい。その宿や商店やガソリンスタンドやコンビニが商売できるようになり、人を雇えるようになる。そこで働く人々が暮らして行けるようになり、その人たちが生活する為にお金を使い、それがまた別の人の生活に役立つ。そうやって少しずつ、町が生き返っていく。

 これらを伝えることは、単に被災地を見に行ったぼくの、せめてもの免罪符である。

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2012年3月 6日 (火)

ももいろクローバーZ「サマーダイブ2011 極楽門からこんにちは」

ももいろクローバーZ「サマーダイブ2011 極楽門からこんにちは」
 ももいろクローバーZのライブDVD「サマーダイブ2011 極楽門からこんにちは」がとても素晴らしいので、以前ツイッターで感想を書いたものをまとめてみた。
 今ももいろクローバーZを見ずして何を見る!?エンターテインメントという枠をも越えて、強烈な魅力を放つももクロ。その真骨頂はライブだ。この「サマーダイブ2011」は、ももいろクローバーが現在の5人体制「ももいろクローバーZ」になって最初のライブDVD。それ以前のライブと比べても格段に大きくなっていることを感じる。
では、以下、曲ごとに感想を。↓


まさに遊園地のヒーローもののパロディの小芝居でライブ開始。ワルモノがファンたちのカラフルなTシャツを白と黒に染めてしまおうとする。そこにかなこの「待ちなさーい!」の第一声。ももクロ登場!アガる!かなこは本物のヒロイン気質。
白黒のパンダに似た「ものクロ帝国」のボス、カッコいいカワイイ。こういう芸の細かいところもももクロの魅力の1つ。
そしてやっとライブ本編が始まる。

Z伝説〜終わりなき革命〜
ヒーローもののパロディーで遊び心溢れるイロモノ曲なんだが、ももクロが歌うと途端に説得力を帯びる。かなこが「絶対諦めないウィーアー!」って叫ぶとすっごい迫力!ほんとヒロイン。
戦隊ものみたいな衣装もカッコいいしカワイイ!

CONTRADICTION
最初は苦手だったけど、ももクロの熱い部分、突っ走る面が前面に出てて今はいいと思う。

D’の純情
激しく情熱的!れにちゃんの激しく踊り狂うダンスが一番映える曲な気がする。

ピンキージョーンズ
名曲過ぎる。ももクロの看板鉄板代表曲。ひねりがありつつもリアルで胸が熱くなる。「逆境こそがチャンスだぜ」と毎回励まされる。ぼくが初めて聞いたのもこの曲。ガニ股のヘンなダンスとメロディが妙に気になったのが全ての始まり。一聴して名曲だし、繰り返し聴くと深くて更に好きになる。

自己紹介。水分補給を大きなヤカンからこぼしながら口飲み。

天手力男
最初は変な曲だな〜なんて思ってたけど、聴けば聴くほどハマる。めっちゃ名曲じゃん!ダブっぽい複雑なリズムのAメロから、とぼけた感じのBメロ、そして突き抜けてキャッチーで涙腺刺激なサビで一気にカタルシス!ほんとすごい曲。ダンスもせわしくて熱いし可愛い。ピンキージョーンズといい、作曲のNARASAKIさんすごい!

ミライボウル
クルクル変わる凝った展開に最初は戸惑ったけど、大好き。ミュージカルっぽい。しおりん、定点でのハンドスプリングきれい、サビのフリも好き。

ワニとシャンプー
私事ですがぼくも夏休みが終わっちゃう悲しみを歌った「今日から夏休み」って曲を作って冬休み春休みにも使い回してたけど(笑)、そんなんよりずっといい曲。笑

キミとセカイ
最初苦手だったけどいい曲だ。エレキ歌謡、歌謡ロックあるいはピンクレディーみたいないかがわしい良さがあってカッコいい。

気分はSuperGirl !
カバーで元曲を知らなかったんだけど、自分が知らなかったいい曲って世の中にたくさんあるんだな。「だけど心なんてとっくに決まってる いつも 私なりにマジで直観を信じて行く」という歌詞が身につまされる。
ダンスも好き。特に最後のへん。特にしおりん。

ももクロのニッポン万歳!
ライブだと最後の東北のももかが歌うところがグッと来る。ももクロマジック。それにしてもぼくは中部出身だけど、山梨を中部扱いするのを一度も聞いたことがないんだけどなあ。

Believe
ダンスがクールでカッコいい。カバーだがももクロの定番としてモノになってる。

キミノアト
キミってのがぼくじゃないことが、僕が遠くへ引っ越してしまったことを歌ってくれた歌じゃないのが切ない、マジで。片思いな気分。笑

全力少女
ももクロを表す言葉にもなってる。れにちゃんが目立つ部分が長いのが嬉しい。あーりんのハラハラドキドキは相変わらずアイドル感いっぱい☆

Disc1終わってDisc2へ。

4ヶ月後に埼玉スーパーアリーナで予定されている「ももいろクリスマス」の告知。

Chai Maxx
熱い闘志Maxx!! ババンババンバンバンなどドリフ踊りすらカッコ良く見せてしまうのがももクロ。ガニ股など三枚目な動きをイカしたダンスに昇華させたももクロは美的価値基準の変革者。振り付けのユミ先生もももクロの立役者の最重要人物。
個人的に、格闘技なこの曲を両国国技館でプロレス中に生で見れたことはいい思い出。

行くぜっ!怪盗少女
ひねくれているのにリアル。難解なAメロとキャッチーなサビ。ピンキージョーンズと並ぶももクロの2大代表曲だろう。作者前山田健一さんの作品の中でダントツにいいと思う。

ココ☆ナツ
サビがほぼココココーココココ…だけなど、遊び心以外を思い切って排除したのが新しい。一線を越えたおふざけもももクロの特徴。

スターダストセレナーデ
最初はオーソドックスな曲だなあなんて思ってたんだけど、いやいや、これは感動的な良曲!夢とか未来とか眩しいステージを自ら切り拓く。ももクロ自身のことを歌ってるから、ももクロが歌うとすごい説得力!スターダストプロモーションの社歌にすべき。しないならうちの。笑

オレンジノート
これはヤバい歌ものの名曲!高城れにちゃんも1番好きと公言してる。「叫びたい ただ叫びたい」こういう言葉がももクロにはよく似合う。股旅が仁義を切る仕草がダサカッコいイ!

ENCORE

走れ!
これはとんでもない名曲!勇気が出る。胸が熱くなる。涙流して走り出したくなる。終盤のかなこが胸に手を当てて目をつぶって切々と歌うところ、余りにも伝わって来る!かなこの歌の切実性はマジック。いい歌い手さんだ。
ひたすら前を向いて進み続けるももクロには今更あり得ないかも知れないけど、A面でシングルカットしちゃえよマジで!そしてこの作者さんたちにまたももクロの曲を作って欲しい!

コノウタ
いつものようにあーりんの「ハ〜イハ〜イハイッ!」から始まる。名曲中の名曲!歌詞もメロディもたまらん。「この歌 キミに届け まだちょっと拙いけど 〜略〜 この声届かなくても 何度でも歌い続けるよ」。この情熱こそももクロだと思う。声枯れちゃっても歌い続ける。踊り続ける。一生懸命伝えようという情熱。それも生半可な覚悟じゃなく。
ももクロの最高傑作だと思う。オレンジノートといいコノウタといい、作詞作曲のツキダタダシさんすごい!ももクロにもっと曲を提供して欲しい!

ツヨクツヨク
熱く感動的なフィナーレ。カバーだけどちゃんと自分たちの歌になっちゃってる。最後にももかが転んでしまって「あーw、こけた。笑」もいい味。


エンディングの挨拶もメンバーの真っ直ぐな人柄が溢れ出ていて心に響く。周囲への感謝の気持ちが伝わって来てグッと来る!ライブ途中でも何度も深く長ーく頭を下げる。深く感謝してくれてるのも素敵。
「ショートカットしおりんだよぉ☆」「あーりんだよぉ☆」が笑える。最後にかなこが「この手離さないで!」。離さないよ!離すわけないよ!

そして鳴り止まないアンコール!予定調和じゃない本物のアンコール。
熱狂のアンコールの中、「サマーダイブ」を「サマードライブ」と間違えてしまったアナウンスの女性、ももクロがもっとブレイクしたとき、みんなに武勇伝として語れるよ!笑

アンコール鳴り止まぬも時間無く、ステージに出られないメンバー。出たい!と後ろ髪引かれるしおりん。もう一度みんなに会いたいと泣くももか。歌えなくてもいいかた出たいと眉に力入るあーりん、地声でもいいから、と。ももクロは本気でステージや客のことが好きなんだな。だからこそ、あの説得力。


そしてメイキング。
ライブの朝、キャンピングカーから出て来たメンバー、めっちゃ目ぇ腫れてるじゃん!笑。ほんとに起きてすぐの寝起きだな。こうして見るとみんな本当に若いなー!しおりん食い過ぎて後悔。笑
メンバーに放水銃みたいなので水ぶっかけられるマネージャー川上さん、次のカットでTシャツ変わってるじゃん?濡れて着替えた後またぶっかけられたってっこと?笑
会場のキャパを聞かされてその大きさに驚くメンバー。これと同じ場面よく見る。毎回大きくなっていく会場に緊張した面持ちに。ももクロって本当に今まさに大きくなって行ってる只中なんだなー!
急遽増やした芝生エリアの立ち見席。ももクロ自身が鎌持って草刈り。横浜ブリッツで知り合ったももクロファンの方にこのよみうりの芝生席の自撮り写真見せてもらったことあるけど、そんなスペシャルな席だったのか!羨ましい!
レッスンも楽しそうだなあ!見学したい。腹筋競争やちゃり乗るシーン見てて不思議なのは、ダンス得意そうなももかやあーりんが意外に運動神経良くなさそうだったり筋力無かったりすること。あんなにダンス上手いし激しいのに。また別物なんだね。かなこの運動神経、筋力、闘志はやっぱさすが。
メイキング見るとライブ前、メンバーみんなすっげー緊張してることに驚く!ステージ上の彼女らはあんなに堂々としてオープンでグイグイと客を引っ張り上げてくれるのに。つくづく大物。そしてこのライブの開幕直前の瞬間でDVDは終わる。つまりッDVDの最初へと繋がっていく…。


 これは素晴らしいライブDVD。見終わった途端また最初に戻して繰り返し見てしまう。

 ももクロの魅力は、個性的かつ野心的な楽曲とダンスと見せ方、それにメンバーそれぞれの強烈で真っ直ぐなキャラクターにある。それは実に楽しく、見る者聞く者を元気にしてくれる。そしてそれはもはや単なる娯楽の域を越えて、生活に欠かせないもの、人生に無くては耐えられないもの、とすら思わされてしまうほどの魔力を持っている。これはつまり、ももクロが時代の要請であるということだと思う。

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2012年2月26日 (日)

NINIFUNI

NINIFUNI 宮崎将
NINIFUNI ももいろクローバー
 今夜のももクロのライブはチケット取れなくて行けなかったけど、名古屋駅近くのシネマスコーレ真利子哲也監督映画「NINIFUNI」を見に行ってきた。上映前に今日の特典(?)である高城れにちゃんのサインを懸けてのじゃんけんが行われたが、惜しくも敗れた!下手に決勝?まで残っちゃってしかもそこであいこが続いたもんだからいっそう悔しい!
 けど映画は結構残るものがあった。アート系の作品。

 主人公の静かで絶望的な現実と、賑やかで明るく非現実的なアイドルとの対比が印象的。この滑稽なまでのコントラストがこの映画のキモだ。ケとハレ。
 主演の宮崎将さんっていうと青山真治監督の「EUREKA ユリイカ」を思い出すけど、今回もそれに共通する役柄な気がした。セリフは無く、危うくはかない男を抑えめに自然に演じる。

 ももクロ(ももいろクローバー)は予想以上にいつものももクロそのままだった。そして、ももクロもまた作り物の一面も持っているんだと、ふと思った。ももクロは素な感じなところが好きなんだけど、それでもやっぱり、主人公の絶望的な現実と比べると、妙に明るくて非現実的。

 まず、BGMが一切無いのがいい。それと自動車や風の音などの効果音も、おそらくアフレコじゃなくその場の音をそのまま使ってる部分が殆どと思われるのも、いい。余計な演出を廃して、最小限の映像で繋いでる。

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2012年2月24日 (金)

サイケな絵でも載せておきましょう

ラリってオーナイ
 最近トウィッター中毒気味でこっちがほったらかしなのもアレないので、絵でも載せておきますかね。笑
 サイケめな絵で「ラリってオーナイ」という題です。笑。危ないですね〜。

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2012年2月 2日 (木)

豊田にしては大雪!積雪15cm!

積雪15cm
 昨夜から降り始めた雪は昼過ぎまで断続的に降り続け、豊田にしては珍しく、15cmも積もった!こんなにしっかり積もった雪を見たのはいつ以来だろう?

愛知豊田積雪15cm
 雪が積もった後に晴れた雪景色は美しい。

雪だるま 愛知豊田積雪15cm
 雪と言えば雪だるま。大きな雪だるまが立ってた。ぼくは作らないけどね、寒いの苦手だし、アカギレやしもやけになっちゃうから。笑

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2012年1月22日 (日)

そういえばTwitter(トゥウィッター)

豊田 名鉄三河線
 そういえばお知らせしてなかったけどさえずりサイトのトゥウィッターのアカウントがあるので、暇があったら検索してみてくダサい。

 @hyroaky_

 何かよく分からんけどユーザー名がいつの間にか本名になってたのですぐ分かると思います。
気が向いた時だけ独り言をトゥウィートゥすなわちさえずってます。英語しゃべれないくせに発音と語義にウルサくて(笑)吸いません。我ながらうざいっすよねー。笑

 写真は全く関係無い上に季節外れだけど、2008年夏に豊田に帰省した時に撮ったものです。左の方にピンぼけで白いサギも写ってます。

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2012年1月17日 (火)

1995年1月17日

今日は1月17日だ。例えば誰かの誕生日が1月17日だったり、数字が117だとすぐにあっ、と思う。
17年前の1995年、大地震のあった日だ。

ぼくは当時豊中に住んでいたので幸い被害は無かったが、被災地が近かったので衝撃は大きかった。高いビルが傾き崩れ横倒しになり、見渡す限り家々が倒壊し、車が屋上駐車場から落ちかけてぶら下がっている光景は目に焼き付いてる。あり得ないと思いがちなあらゆる事が現実に起こり得ると知らされた。考え方を大きく変えられた。それから2か月余り後の3月20日に東京で起こった地下鉄サリン事件はその思いをさらに強く深く刻み込むことになったく。

神戸は大好きで、地震の10日前にも神戸の三宮に買い物に行ったばかりだった。その時買った輸入盤のCD3枚を今でも覚えてる。アレサフランクリンのフィルモアウェストのLIVE盤とボブマーレーのLIVE! と、ジャクソンブラウンのLATE FOR THE SKY だ。2か月半後に行ったらその店は崩れていてショックだった。そんなことを覚えてる。


あれからもう17年も経つのか。速い。
1995.1.17、3.20。
ぼくにとってあんな衝撃は後にも先にも無い。
鎮魂。

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2012年1月11日 (水)

新居の窓から〜豊田市は田園風景

豊田市
 一昨日2012年1月9日、愛知県豊田市のこの部屋に引っ越して来た。
 窓からはのどかな田園風景が広がってる。農夫が野良仕事をしていて、ミレーかコローの絵のようだ。笑

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